古田薫
古田薫(ふるた かおる、Furuta Kaoru、生年月日不詳 -2004年)は、日本の法務省職員、法務総合研究所研究員、大学教員。
| 基本資料 | |
| 命日 | 2004年 |
|---|---|
| 性別 | 女性 |
| 出生地 | 秋田県(wp) |
| 才能 | 有能 |
| 職業 | 研究者 |
| 所属 | 法務省 |
| 最終学歴 | 北海道大学 |
| 趣味 | 息子に首輪をつけて写真を撮ること |
| 好きなもの | 変った服、尾崎豊 |
| 嫌いなもの | 少年非行問題 |
| 関係者 | |
経歴 編集
秋田県出身、生年月日不詳。北海道大学を卒業後、夫の康輔と結婚し、1990年に長女の悠を出産し、1993年に奎輔を出産。1996年時点で関東医療少年院に所属し、2002年前後には法務総合研究所の研究員として活動。
2003年に大学教員に転じたが、2004年に14歳の悠と11歳の奎輔を残し病気のため急逝。
特定経緯 編集
夫、康輔と同分野であることや、悠のFANBOXの投稿では「母親は14歳で亡くなった」とあり、悠の弟である奎輔のインタビュー記事では「母は小学五年生の時に急逝」したこと、ネット上で公開されている薫氏の名は2003年5月の法務総合研究所の研究報告内での「(前研究官)古田薫」という記載を最後に消失していること等から特定に至った。
しかし、亡くなったのが2026年現在で既に22年が経過しており、ネット上に残っている情報は古田家の他の人物に比べて最も乏しい。
人物 編集
──お母さんはどんな人でしたか。
「僕はどちらかというと母親に似ています。母は訳が分からない奇抜な服を着て、常識にとらわれない人でした。秋田県出身で北海道大学を出て国家公務員になり、英語もできてそこそこ優秀な……でも変わり者でした。保育園児の僕の首にペット用の首輪を着けて、リードの先を母が持っているという写真が残っています。相当、変わってますよね。
その母は僕が小学校高学年のときに病気で亡くなりました。もちろん落ち込みはしたけれど、当時はまだ物心がついていなかったのでしょう。亡くなったのが今ならもっと悲しんだと思います。
母は少年犯罪や少年院に関する研究をしていたのですが、後日、母の遺品を整理していたら、尾崎豊のCDや書籍がたくさん見つかりました。当時、少年院に入る子供の多くが尾崎豊を聞いていたらしく、研究対象にしていたようです。僕も聞いてみたら「これは!」とハマって、その後、音楽はほぼ尾崎豊しか聞いていません」 -古田奎輔
『亡き母の影響で聞いた尾崎豊 高校も大学も中退だが将来のことは誰にも分からない/古田奎輔・Payke代表取締役 _ イノベーターの育ち方 _ ダイヤモンド・オンライン』より引用[1]